西洋思想史 第5回


こんにちは、Kです。

今日は西洋思想史の第5回です。

ようやく折り返し地点ですね。

長いような、短いような。


あ、そういえばパフォーマンスセミナーの
ビデオが届きました。

なかなかおもしろかったのでシェアできるものは
そのうちシェアしたいと思います。


では参ります。



【科学を乗り越えて】


前回も話しましたが、今までのセミナーは
デカルト的、科学的な思考法がメインに
話されています。

(と、私は思っています。実際は木坂さんは
ここまでは言ってないです)


デカルトが体と心を分離し、
物事を数量化する思考が主流になったことで
多くのものが魂を持たない

「物体」

になった。


また、その「物体」には規則や法則があって、
それを観察したり分解したり実験したりすることで
「理解する」ことができる。


近代はこのような前提の元に進んできました。


この考え方が主流になってくると、例えば


・自然をコントロールしよう
・災害を抑えよう
・自分の体は自分が支配している
・悪いところを治せば病気は治る
・動物は高度な機械である
・わからないものはわかるまでバラせばいい
・コミュニケーションもメソッド化できる
・ビジネスは科学だ



みたいな思考に自然と行き着くわけで、
そういう思考を元に近代以降は
組み立てられてきました。


私たちも恐らく似たような思考を持っていると
思いますし、それを用いていろんなことに
取り組んでますよね。


ただ、このような言い方をしていると

「科学的思考じゃダメなんだろ」

って捉える人が多そうなんですが、実際は逆です。



むしろもっと精通しろ



って意味で私はセミナーを見ていました。


今までの記事やセミナーを見た人は
わかると思いますけど、

今までのセミナーは
この科学的な思考をより厳密に、
より正確に行えるようにしてきてますよね。

共通の土台を設定したり、
調べ方や考え方を学んだり。


そこだけ考えれば「ダメだからやめろ」って意味より
「もっと頑張れ」って意味になりますよね。


ただ、そうなるとじゃあ何で問題があるのに
今更科学的思考をやらなきゃいけないんだ、
って話になってくるわけですが、その回答は案外簡単です。


2つあるんですが、1つは、

・それで大抵のことはうまくいくから

ってこと。


もう1つは

・次のステップに進むための準備として

です。


前者の話は前回にしたので割愛して、
今日は後者の話をします。


確かに科学的思考には問題点が多くあり、
今の時代はそれが前面に出てきている
時代といえると思います。

精神病、金融工学、延命治療、環境破壊等

身近なものから非人道的なものまで
挙げればキリがありません。


そういう意味で、科学的世界観は
乗り越える段階に来ています。


ただ。


何でもそうですけど、次の段階、
発展的なレベルに進むためには
基礎の習熟が不可欠なんですよ。

これは足し算ができないと2次方程式が
解けないのと似たようなもので、

いきなり現代の思考を学ぼうとしても
大抵は正しく理解できません。


こんなもんは


今の哲学は今までの哲学を踏まえて乗り越えたもの


ってことがわかれば当たり前なんですが、
私たちって往々にして
基礎すっ飛ばして応用やりたがりますよね。


料理下手な人ほど隠し味にこだわったり、
ビジネス初心者ほどテクニック好きだったり、
野球ならホームラン打ちたがったり・・・


気持ちはわかるんですが
そんなんではまず上達しないわけです。

失敗から学んで上達することもありますが、
今回の相手は哲学、思考法ですからね。

既に中途半端に身に付いてる分、
私たちがどんな思考をしてるのかを
相対化する意味でも、

基礎であるデカルトの哲学をしっかり
捉える必要がある。


要するに科学には問題がいっぱいあるけど、
まずそれを踏まえてないと話にならないよ、
って意味でデカルトが重要だってことです。


で、こっから少しだけ本題です。


科学の基礎となっているデカルトの思考法は
もう既に記事で話してきてるので、
今回は前回に引き続いて科学的思考の
問題点にさらに踏み込んでみます。


ざっくりとですけどね。


何個かは解説しますが後は各自で対話してください。


(解説するのだけ※マークつけときます。)


科学ってのは大体まとめちゃうと

・物心二元論
・数量化(客観主義)
・実験、分析思考

この3つにまとめられると思ってます。


で、こっから出て来る弊害なんですが、
箇条書きで書くとこんな感じ。


・自然の支配やコントロールという思想
・パーツ交換・修理としての医療(人間性の排除)
・自分の体・相手の人間すら”モノ”化する
・心の軽視
・価値の内在化※
・「実験者」と「対象」の分離※
・失敗から学ぶことによる失敗の正当化
・”モノ”に対する倫理観の欠如
・「正解」に対する過度な信仰
・異端の排除
・見えない、存在しない(=証明できない)もののオカルト化
・個人の軽視、一般化※


とまあいろいろありますがこんなもんで。


こっから少し解説です。



まず「価値の内在化」ってのは、簡単に言うと

物体自体に価値はなくて、
そこに価値を見出すのはその人自身なんですよ

というそれっぽい思考のことです。


ある人がその商品に価値を感じるかどうか、
そういうビジネス系の思考で考えれば
わかりやすいですかね。

人によって価値の感じ方が違うんだから、
価値は商品自体にあるんじゃなくて
その人の中にあるんだ的な。

その人の中にニーズがあって、
そのニーズに合う商品こそが価値のある商品だ
的な。


まーある意味間違ってないと思うんですが
そうなるとその人にとって価値ないものは
どーでもいい、みたいな話になっちゃうんですよね。


遠くの国でどんだけ餓死しててもどーでもいい

とか

いらなければ捨てていい

とか。

こういう思考もこの辺が根底にあると思います。


物や動物・植物などに魂が宿るって考えてた
時代からするとぶっ飛んでますけど、
私たちはあんまりそういう思考はしません。

その物自体には価値がないからこそ
ポイポイ捨てたりできるわけです。

大量生産大量消費の基本思考ですね。



続いて「実験者と対象の分離」ですけど、
まあこれは有名なのでわかる人は
飛ばしてください。


例としては心理学や社会学の実験がわかりやすいですが、
実験者は基本「独立した観察者」としての
ポジションに立ちます。

モニターで見てたり、アンケートを後で見たり、
その場にいてもいないように振る舞ったり。

情が移ったり情を相手に感じさせたりしないようにする、
とかもその典型だと思います。


外部から見て分析する。

これが大概の実験の基本形です


ただ、これって現実では本来はありえないですし
(特に心理学や社会学なら尚更)、
そもそも実験されてる人や動物だって

「実験されている」

ことで何らかの変化をします。


見られてていつも通りになんてできないですし、
そもそも「実験室」という環境自体が
現実とは乖離しているわけです。


これでは正しい観察なんてできないですよね。


実験の場で得られるものはあくまでも
実験室の中でのみ当てはまること。

現実に持ち込んでみたら何の役に立たない、
なんてことは往々にして起こります。


これは量子論とかでもそうで、
量子を観察しようとすると観察するための光で
量子が変化しちゃう、ってのも有名ですね。


コミュニケーションにしてもビジネスにしても、
実験的な感覚でいると「自分」っていう
要素を簡単に排除しちゃうんですよねー。

で、同じようにやってるのにあいつは結果が出て
俺には結果が出ない!

とか言っちゃう。

これは自身を実験者として環境や関係性から
分離しちゃう思考からきています。


あなたも変化を与える要因なんですよ、ってことですね。


んで。


最後の「個人の軽視、一般化」ですが、
これはそんなに難しくないです。

物事を客観的に捉えようと思ったら
個体差なんか気にしてられないですよね。


薬は「大概の人には」効果があるもの。

「その人」に効く、ではありません。

ここでの「人」とは一般化された概念なんですね。


パフォーマンスセミナーでも似たような
話がされていて、

「実験室レベルで確かめられていても
実際に効果があるかはその人の体調や環境、
体質などによって前々変わってくる」

みたいな話にも通じてきます。


大概の人には効果があっても
ある人がやったら体調崩すってのは
往々にして起こりますからね。

こういうのって探してみれば
いっぱいあると思います。



・・・さて。


こんな感じで挙げればキリがないんですが、
このように考えていくとより科学の弊害が
見えてくるんじゃないかと思います。


自分が似たような発想をしてることにも
多分気づくと思うし、

それによって失敗したりとか
今まで普通にやってたけどよく考えるとおかしいな、
ってところに気づいたりとかすると思うんです。

もしそうなら、私が伝えたかったことは
ほぼクリアできてます笑


ただ、ここが難しいところで、

そういった弊害を乗り越えるためには
その弊害もいっぱいある科学的思考に
精通してなきゃいけない。


そういう意味での

・大抵の場合は科学的思考でうまくいく
・次の段階に進むための準備

であり、まず科学的思考をしっかり身につけようぜ
っていう話なんですね。


第5回のセミナーは
それを踏まえた上での現象学的思考に
取り組んでいくんですが

ぶっちゃけ私もまだよくわかってない、
というかわかる範囲のことは前回話したので、
今回は何冊か本を紹介して終わりにしたいと思います。


ポスト科学、デカルト的な本の中で、
比較的読みやすくておもしろかったやつです。


・デカルトからベイトソンへ
・悪循環の現象学
・環境に拡がる心
・引き裂かれる自己



セミナーなら

・CMC
・バブルセミナー
・使えるシリーズの中の何本か
・ネットワークセミナー


難しくてもいいならベイトソン、
フッサール、ハイデガー、ギブソン、
ブーバーとかがその系列です。

入門書的なものならシステム思考とか
ゲーム理論系の本もそっち系なので
そういうのでもいいかも。


お時間とお金に余裕のある人は
読んでみてください。


そんではまた。

ありがとうございました!

K

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