子育てのマインドセット


こんにちは、Kです。

GWいかがお過ごしでしょうか。

今日は教育について。


この記事何度も書き直した結果
前置きを書くのがめんどくさく
すごくシンプルになりました。

いつも前置きないじゃないか、
というツッコミを聞こえなかったふりをして
今日の話に参りましょう。



【子育てについて】


子育てはいろんな視点から語られることが多く
一言でまとめることは非常に難しいのですが、
「親」に限ると、子育てをする親の思いは

「自分よりも幸せになってほしい」

というものにまとめられるのではないかと思います。


もちろん、「幸せ」の定義は人によります。


お金、友人、地位、権力、思考力はもちろん、
かつての自分と同じ失敗をしないこと、
なども含まれるかもしれません。

いずれにせよ自分以上に幸福になるため、
もっと別の言い方をすれば

「かつての自分がより幸福になる」

そのために必要だと感じるものを
子どもに与えているのではないかな。


・・・なんてことを以前メールいただいたときに
思ったわけです。



巷では、

子どもは自分の分身である。

なんてことが言われますし、学校では

「子どもは親の鏡」

であることが暗黙の了解になっています。

めんどくさい子の親もめんどくさい、
病んでる子の親も病んでる、
虐待されてる子の親も虐待されている。


社会学的な研究とかでは

「親の社会的地位は遺伝する」

という研究結果もあります(格差の社会経済史)。


特に最後の話はとても深刻な問題提起で、
親の社会的地位が遺伝するとするなら
例えば親の地位が低い子は努力してもムダなのか、
という話にもなってきます。

生まれたときから越えられない壁があり、
才能のある人には勝てないことも
認めることになります。

もっと言えば犯罪者の子は犯罪者だとか
ナチスに代表されるような優生学的な見方も、
ある意味では、復活してくる場合もあります。


まあこの辺の議論に踏み込むと
めんどくさいので今回は入りませんけど、
今回は親の視点である

1.自分より幸せになってほしい

という視点と、社会学的に言われる

2.子どもは親以上にはならない

という視点。

このジレンマを乗り越えていく視点を
提示できたらなあって思います。


つまり、どんどん成長して幸せになっていく子どもを
育てたいと思ったときに必要な親のマインドセットを
話したいなと思ってるわけですね。


はい。


・・・とは言っても難しい話ではないのです。


子育てをするお父さんお母さん、
特にお母さんを見ていると、子育て業界には
こんな「常識」があることがわかります。


「子育ては親の犠牲によって成り立つ」


こんな常識です。


まあ実際時間もお金も取られますし、
出産は痛いし母乳も血液みたいなもんですから、
一面ではこの視点も正しいとは思います。

ただ私が問題にしたいのは
特にビジネス業界とかで言われるような

「家庭を持つと成功しない」

みたいなもの。


つまり、家庭を持つ、特に子どもを育てていると、
どういうわけか親が成長しなくなる。

「母親」としては成長するかもしれませんが、
人としては歩みを止めてしまう場合が
多いように思うのです。

この傾向は子育てに熱心な親ほどそうで、
しかもそれを「是」としている風潮がある。


このことがとても気になるんですね。


私はよく思うし実際に言うのですが、
子どもに習いごとをさせている親を見ると


「なんで自分はやらんの?」


と素直に思います。


英語もピアノも勉強も野球もそう。


基本的に親はやらせるだけで
自分は高みの見物をしています。

少し熱心な親だと応援したりとか
教えたりとかはしてますけど、
でも自分ではやりません。

習うこともしないし、
それに本気で取り組むこともしない。

場合によっては自分がやっていた
習い事をやめてしまうことすらあります。


こういうのを「子に夢を託した」なんて
言えば綺麗に聞こえますけど、

子どもがそれをやめたがったりすると
怒り狂ったり、ムリヤリ続けさせたりする様子は
半ば滑稽にも映ります。


なんだこれ、と思うのです。


子どもを持っている人はわかると思いますが、
子どもは基本的に親の真似をします。

親が料理を作っていれば作りたがるし、
掃除をしていれば手伝いたがります。

反対に、お母さんが何もしていなければ
子どもも何もしません。

テレビ見てぐーたらしてれば子どもも
一緒にぐーたらします。


押し付けなくとも、習わせなくとも、
お母さんがやっていれば
子どもは自然とやりたがるもの。


だから余計に思うわけです。

なんで自分がやらんの?

と。


そもそも、子どもに何かをやらせようとするってことは、
それがこれからの子ども、あるいは自分に必要だ
と感じているからだと思います。

こんなことができたら素敵だなあっていう
自身の憧れがある場合もあると思います。


そんな思いがあるのに、自分はやらない。


なんか変じゃないですか。


自分はもう年だから?

子育てで時間がないから?

今からやってもうまくならないから?


まあ一理はあるかもしれませんけど、
そう思ってるんだとしたら、
親の成長は当然止まります。


で、ここが大事なんですけど、そうなると


「子どもは成長が止まった親を見て育つ」


のです。


そりゃあ子どもも成長しないでしょって話です。


そもそも親の言動に説得力がなさすぎる。


自分ができてないことを相手に求める姿。


・・・皆さんはどう思います?


ピアノをやらせたいなら自分がまずやって、
楽しそうに演奏したらいいと思います。

英語を話せるようにしたいなら自分が話すべきで、
映画を吹き替えじゃない状態で見て
1人で楽しんでいればいいと思います。

常にいろんなことに挑戦させたいなら、
自分が挑戦しないといけないと思います。


子どもは親の背を見て育ちます。

話を聞いて育つわけではない。

親の思いを汲み取って育つわけでもありません。

親の背を見て、真似をし、生き方をなぞるのです。


親ができていないことは子どももできません。

もし仮にそれができるようになるとしたら
それは親以外の「憧れ」を見つけたときです。

「こういうふうになりたい」

と思うからこそ真似し、身につけます。


そういう人に出会えれば子どもは成長しますが、
そんな相手に出会えるのは早くても中学生以降、
遅ければ大人になってからです。

目標としたい人物に出会えることが
どれだけ幸運なことか、
皆さんはもうわかっていると思います。

その幸運に恵まれるまでは、子どもが
真似をできる対象は親しかいません。


話を戻します。


社会学的に、子どもは親以上にはならない、
と言われています。

親の社会的地位は遺伝し、
(ほんの一部の例外を除いて)
多くの人が親とそう変わらない人生を歩むことになる。


その辺の根拠はいろいろありますし
いろんな人がいろいろ言ってますけど、
個人的には今まで話したような

「親の成長が止まっている」

ことに大きな原因があるのではないかと
思って(信じて?)います。


もちろん、いろんな本を読むほど
遺伝説の説得力は増していくわけですが、
希望的な意味も込めてそう思っています。


親次第で子どもも変わる(はず)。


ですから、例えば木坂的な生き方で言えば、
親が常に考え、新しい環境に身を置き続け、
挑戦し、淘汰圧をかけ続けること。

失敗を恐れず、むしろその失敗を何食わぬ顔で
乗り越えていく生き方をしていること。

子どもに必要な力を自分がすべて身につける、
あるいは身につけようとしていること。


そういう姿勢が子育てには大事なのではないか
と個人的には思います。


そういう意味で、親もある種のリーダーです。


子どもは常に親の背中を見て育ちます。


子どもは親以上にはならないのかもしれませんが。
その親が常に成長し続ける親なのであれば、
私たちより長い時間を生きる子どもたちは、
いずれ親より幸福になる。

親よりももっとすげー人物になる。

と、個人的には思っています。


もちろん、今話したのは「父性」的な意味での
親の役割なので、「母性」的な意味だと
少し話は変わってきます。

ですがそんなもんは今日のテーマではないので
別にどーでもよくて。

とにかく重要なのは

「親の生き方が大事なんだよ〜」

ってことです。


皆さんの生き方はどうでしょうか?

私は・・・もう少し頑張ります。

ハイ。


というわけで、今日はこの辺で。

ありがとうございました!





P.S.

教育関連はここまでの予定なので、
(語りたいことが多すぎて収集がつかないので)
個人的な子育ての教訓を載せておきます。

興味あれば対話していただければ。


・子どもは親以上にはならない
・子どもは子どものなりたくないようにはなれない
・子どもとの言語的コミュニケーションは難しい
・やりたいこと以外の学びは9割減
・親の理想が最大の害
・親に必要なのは介入ではなくデザイン
・親離れよりも子離れ
・嫌われるのが親の仕事(思春期)


ではでは。


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